2019年08月26日

カンボジアの基礎知識-経済 その3

ASEAN経済共同体(AEC)

 

ASEANは2015年末にASEAN経済共同体(AEC)を創設し、モノ、ヒト、サービス、投資、資本の自由な移動を実現させました。2007年に発表されたAECのマスタープランでは、AECは、①市場統合(単一の市場と生産基地)②インフラ整備と共通政策(競争力のある経済地域)③格差是正(公平な経済発展)④域外とのFTA締結(グローバル経済への統合)、を目標としています。

 

(1)域内の関税撤廃の流れ

 

AECでは、関税の削減・撤廃の取り組みはメインテーマになっています。1992年に提唱されたASEAN自由貿易地域(AFTA)は2010年1月にASEAN先行加盟6カ国が同国家間の関税の撤廃をしたことにより実現しました。カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)はASEAN後発加盟諸国として、関税撤廃について、2015年(カンボジアは一部例外品目については2018年まで)をめどに猶予が与えられました。AFTAを実施するメカニズムである共通効果特恵関税(CEPT)協定の改訂版がASEAN物品貿易協定(ATIGA)であり、原産地規制、非関税障壁撤廃、貿易自由化、通関手続きの簡素化、基準と適合性評価などを加えた広範な分野を含む包括的な協定となっています。

 

2015年1月時点ですでにカンボジアは総品目数の90%以上の品目の関税を撤廃しており、他のASEAN後発組であるラオス、ミャンマー、ベトナムと共に、関税撤廃、削減の取り組みを進めています。

 

(2)域内における投資の自由化

 

ASEANは1995年に締結された「ASEANサービス枠組み協定(AFAS)」に基づいて、サービス貿易の自由化を進めています。サービス貿易は大きく4つに分類され、それぞれの分類に応じてASEAN域内で自由化交渉を進めています。その中でも第3分類に当たるサービス分野の投資に関しては128分野を対象として、ASEAN加盟国資本の企業が他のASEAN加盟国に進出する場合の出資制限について緩和していくことで交渉が進められています。具体的には、ASEAN加盟国資本の企業であれば「出資比率70%以上」の現地法人を他のASEAN加盟国で設立することができる、という外資出資比率の制限緩和を最終目標としています。

 

ただ、ASEANではタイなど外資に対して独自の出資比率を設けて投資制限を行っている国がありますが、そもそもカンボジアにおいては、不動産の取得制限をのぞき、外資出資に関して制限されている分野がないので、既に多くの外資系企業が100%出資により現地法人を設立し、事業活動を行っています。カンボジアでは今後も自由度の高い投資政策は変わらないと予想されます。

 

(3)域内における労働力の移動

 

サービス貿易の中で第4分類として「ヒトの移動」があります。ASEANでは特定分野の有資格者(熟練労働者)を対象として、ASEAN域内での移動の自由化を目指しています。具体的にはASEAN域内において、エンジニア、看護士、建築士、測量技師、会計士、医師、歯科医、観光専門家、という八つの専門家資格の相互承認協定を締結することにより、これらサービスを提供する専門家の移動の自由化を進めようとしています。

 

ASEAN最後発国であるカンボジアでは、カンボジアで育成した有資格者が他国へ流出するのではないかという懸念もありますが、2016年1月時点においては法改正手続きが進んでいないこともあって、他ASEAN諸国でも八分野の有資格者が他国で勤務した実績はないとみられています。また資格を有する者は各国の認定当局により審査されることになりますが、カンボジアではその審査のための器材や施設の整備が必要となるために、まずカンボジア国内での資格制度の整備に時間がかかるのではないかとみられています。

 

一方で、カンボジアで問題となっているのは、合法・非合法問わず、単純作業員(工場労働者、建設作業員、水産加工作業員、メイド等)の越境による就労です。特に国境を接し、カンボジアよりも賃金水準の高いタイへの労働力の流出が既におきています。一説には50−60万人がタイで就労しているともいわれており、タイ人がやりたがらない3K的な労働環境におかれているということです。経済成長を続けていきたいカンボジア政府としては、安価な人件費を武器にさらなる製造業誘致を進めながら、同時にタイなどへの越境による労働力の流出がおきないよう、国民の所得増加も目指す必要があります。

 

ASEANのFTAと原産地規制

 

ASEANではAEC構想に沿って域内の一体化が進みますが、域外国との間でもFTAを締結し、ASEAN自体の競争力を高めようとしています。ASEANの一員であるカンボジアは、このASEANと域外国とのFTAの枠組みの中で、自国の関税の引き下げおよび撤廃のスケジュールを定められています。

 

(1)ASEANの域外国とのFTA

 

ASEANは、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア・ニュージーランドとFTAを締結しています。カンボジアはASEANの中でも後発加盟国であることから、ASEAN先行加盟国と比較して関税の撤廃に一定の猶予が与えられましたが、対中国では2015年、対韓国では2018年、対インドでは2016年までに輸入関税を撤廃することになりました。対オーストラリア・ニュージーランドについては、2025年までに85%以上の品目について関税を撤廃することになっています。日本とASEANの間では日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)が結ばれており、特恵関税制度が設定されています。

ASEANの域外国とのFTA

(2)東アジア地域包括的経済連携(RCEP)

 

東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア・ニュージーランドの6カ国がASEANと締結しているFTAを束ねる広域的・包括的な経済連携協定で、2011年11月にASEAN側が提唱したものです。その後、16カ国による議論を経て、2012年11月にプノンペンで開催されたASEAN関連首脳会合によって正式に交渉が立ち上げられ、2013年5月から本格的な交渉を開始しています。RCEPが実現すれば、人口34億7000万人(世界人口の約半分)、GDP約22兆6000億ドル(世界全体の約3割)、貿易総額10兆ドル(世界全体の約3割)を占める広域経済圏が出現し、カンボジアもRCEPメンバーの一員になります。

 

(3)FTAの原産地規制

 

ASEANと域外国においてFTAが締結され、カンボジアでも関税が引き下げられていますが、FTAに基づく低関税率を享受するためには、FTA締結先(輸出国・地域)で製造されたことを証明する必要があります。この原産地を決定するためのルールは原産地規制と呼ばれ、貨物はその生産内容に応じて、「完全産品または完全生産品基準(WO)」「付加価値基準(RVC)」「関税分類変更基準(CTC)」「加工工程基準(SP)」などに分けられ、二つ以上が組み合わされることもあります。ほとんどのFTAが一般規制を適用していますが、日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)には共通した一般原産地規則がなく、製品ごとに特定原産地規則が定められており、WO、RVC、CTC、SP、またはこれらの基準の任意の組合せのかたちを取っています。

 

FTAの種類によって多少その規制が異なるため、それぞれの原産地規則を確認し、輸入国側税関に承認して貰う必要があります。輸出者は事前に原産地規則を確認し、製造時にはその原産地規則を満たせるように部材の調達や製造を行うことが求められます。製造後には原産地証明書の発行手続きを行った後、同証明書を元に輸入国側税関での通関手続きが行われることになります。

 

カンボジアでは、輸出時の原産地証明書発行を商業省が行っており、ASEAN域内への輸出の場合、商業省でASEAN向けの原産地証明書(フォームD)の申請・取得が必要となります。他のFTAについても同様に商業省がその発行機関になっています。

 

また、カンボジアでは輸入時は経済・財務省傘下の関税消費税総局(各国における税関に相当)が、各国発行機関で発行された原産地証明書を確認し、FTA税率の適用可否について審査を行っています。

 

LDC特恵制度と日ASEAN包括的経済連携協定

 

(1)LDC特恵制度

 

先進諸国は開発途上国からの輸入品に対する一般特恵関税制度(GSP)を設けています。GSPとは、先進国が、恩典的に開発途上国の産品に対して一般の輸入関税率よりも低い特恵税率を適用する制度で、開発途上国の輸出拡大、工業化と経済発展の促進を図るため国連貿易開発会議(UNCTAD)で合意。日本では1971年から開始しています。

カンボジアは後発開発途上国(LDC)として、UNCTADに認定されており、特別特恵(LDC特恵)関税制度の適用を先進諸国から受けています。日本はカンボジアからの輸入品目に対して、GSPを適用し、さらにLDC特恵関税制度の適用品目を無税(輸入関税)・無枠(輸入枠)としています。一方、EUは武器以外の全ての品目について無税・無枠としています。中国、ベトナムなどはGSPのみの適用となりますが、これらの国と比べてLDCであるカンボジアは衣料品や履物(特に革靴)などを、先進国に輸出する際に有利となっています。

 

2011年より日本から輸出された原材料を使って生産された製品は、カンボジアの原産品と見なされる「自国関与基準」が導入され、さらに委託加工貿易がしやすくなったといわれています。ただし、革製の履物やバッグ類など自国関与基準の例外品目となっている品目もあるので注意が必要です。

 

(2)日ASEAN包括的経済連携協定

 

日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)は、2008年4月に署名された日本にとってはじめての複数国とのEPAになります。カンボジアとは2009年12月1日に発効しています。AJCEPにおける原産地規制は、農産品など一部の品目に対して完全産品または完全生産品基準(WO)が採用されている一方で、大半の工業製品については、関税分類変更基準(CTC,4桁レベル)もしくは付加価値基準(RVC,締約国間の累積で40%以上)の選択方式が採られていますので、品目ごとに定められる品目別規則を参照する必要があります。

 

AJCEPに基づく特恵関税率を享受するためにもやはり原産地証明書が必要になりますが、AJCEP用に「フォームAJ」という原産地証明書を発行しなければなりません。LDC特恵関税制度や各FTAやEPAに基づく原産地証明書の発行は、以前は商業省の三つの部が国別に担当していましたが、2014年3月の商業省の組織改編で、商業省貿易支援サービス総局輸出入部が一元的に対応することになっています。

 

(3)特恵制度の利用について

 

カンボジアから日本へ輸出されている品目の大半を靴と衣料品が占めていますが、LDCやAJCEPの特恵関税制度が適用されれば、日本での輸入関税は免税となります。輸入関税が免税となるためには、カンボジア国内で生産したことを証明する原産地証明書が必要となりますが、証明書を取得するにはこのLDC特恵関税制度またはAJCEPに基づく原産地規則を満たす必要があります。

カンボジアの主な輸出品目である縫製品は、HS61(ニット製の縫製品)、HS62(織物製の縫製品)、HS63(その他の縫製品)からなりますが、HS61については、日本のLSC特恵関税制度、AJCEPともに2工程基準(糸→生地→ニット製の縫製品)が採用されています。一方、HS62についてはAJCEPでは2工程基準が採用されているが、LDC特恵関税制度では1工程基準(生地→織物製の縫製品)が採用されており、生地から織物製の縫製品に縫製を行うことで原産地規制を満たすことができます。また、HS63ではAJCEPでは2工程基準である一方、LDC特恵関税は3工程基準(繊維→糸→生地→衣類)が採用されており、AJCEPを利用した方がよいと言えます。

日本で生産した生地を輸入し、カンボジアで衣料品を縫製した場合には、「ANNEX」と呼ばれる日本から輸入された原材料に関する証明書をカンボジア政府(商業省)が発行し、これをフォームAに添付して輸出しなければならないので注意が必要になります。カンボジアで生産した製品を日本に輸入する場合の特恵関税適用の可否、関税分類(HSコード)などについては、日本側税関に事前に書面で確認する事前教示制度を利用しておくと通関をスムーズに行うことができます。

 

関税撤廃による影響

 

カンボジアでは、適格投資プロジェクト(QIP)やFTA/EPAなどに基づく免税措置が認められない限り、全ての輸入貨物は輸入関税の対象となります。輸入関税は主として従価税であり、0%、7%、15%、35%と四種類の税率があります。また輸入時に課せられる税金としては、ほかに特別税(自動車・バイク等、アルコール類等)、付加価値税(VAT)があります。

 

(1)税収に対する輸入関税の割合

 

カンボジアは関税の撤廃をすすめてきましたが、そのためにカンボジアの税収に占める輸入関税の割合は徐々に低下してきています。1993年には税収全体に占める輸入関税の割合は70%以上で、輸入関税が大きな国家の収入源になっていました。その後、カンボジア政府が各種税制を導入したことによって輸入関税の割合は徐々に低下。2014年にはその割合は16.7%になっています。

税収に対する輸入関税の割合

(2)特別税

 

カンボジアでは税収全体に占める関税の割合が徐々に低下してきているため、政府は貿易面において新たな税収確保を目指しており、その大きなものとしては特別税が挙げられます。特別税は特定の輸入品、及び国内で提供される商品とサービスに対して課される税金であり、品目により4.35%〜4.5%が課税されます。カンボジア政府は2014年8月の政令第239号により、プラスチック製品(半製品を含む)や155品目の電気製品に対して、2015年1月から輸入時に特別税を10%課税することにしました。

その後、カンボジア最大の業界団体であるカンボジア縫製業協会(GMAC)や一部飲料製造企業からの要望を受けて、政府は縫製関連企業及び飲料製造業に対しては指定の原材料輸入に関して特別税を免除することになっています。カンボジア日本人商工会では、縫製関連企業以外のQIP認定企業についても特別税の免税を認めるよう要望書を提出。2015年6月の政令外758号により、輸出加工型QIP認定企業が輸入する原材料及びそれを支援する企業については事前に原材料輸入計画を関税消費総局に提出し承認を受けた品目に限り特別税が免除になっています。

結局はQIP認定企業については以前と同様の状態が確保されましたが、カンボジア国内販売を展開する企業にとっては、輸入関税以外にも特別税が課されることで、税負担を国内販売価格に転嫁せざるをえないケースも出て来ています。今後は、特別税の導入が他の品目にも広がっていくのかどうかが注目されています。

 

                       

お気軽にお問合せ下さい